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科学者・発明家はじめての 科学者・発明家

北里柴三郎は 何を 問い、どう ためしたの?一つの 細菌だけを 育てて、病気の もとを たしかめる

北里柴三郎は、病気を予防することを一生の仕事にした医学者です。破傷風という病気の細菌だけを育てることに成功し、その毒に立ち向かう体のまもりを使う治療(血清療法)を確立しました。

説明
2:22(7場面)
問題
3問

公開

やってみよう

自分で考えてから、答えをひらきましょう。

  1. 1純粋培養とは、どういう ことですか。「いろいろな 細菌を まぜて 育てる」「細菌を すべて なくす」「一種類の 細菌だけを 育てる」から えらびましょう。

    ヒント

    「純粋」は、まじりけが ない という 意味です。

    答え

    「一種類の 細菌だけを 育てる」です。一種類だけに すると、その 細菌が 病気の もとか どうかを たしかめられます。

  2. 2北里柴三郎が 一生の 仕事に すると 決めた ことは、「病気を 予防する こと」「新しい 元素を 見つける こと」「電気の 明かりを 作る こと」の どれですか。

    ヒント

    病気に なる 前に ふせぐ ことです。

    答え

    「病気を 予防する こと」です。医者の 仕事は 病気を 予防する ことに ある と 考えました。

  3. 3北里柴三郎が つくった 研究所は、「天文台」「伝染病研究所と 北里研究所」「発電所」の どれですか。

    ヒント

    名前に「研究所」が ついて います。

    答え

    「伝染病研究所と 北里研究所」です。1892年に 伝染病研究所を、1914年に 北里研究所を つくりました。

この単元のことば

細菌さいきん
目に 見えない ほど 小さな 生き物。病気の もとに なる ものも ある
純粋培養じゅんすいばいよう
一種類の 細菌だけを、ほかと まぜずに 育てる こと
破傷風はしょうふう
細菌が もとで 起こる 病気の 一つ
血清療法けっせいりょうほう
毒に 立ち向かう 体の まもりの 物を ふくむ 血清を 使う 治療
予防よぼう
病気に なる 前に、ふせぐ こと

おうちの方へ

  • シリーズ「はじめての 科学者・発明家」の人物の回です。北里柴三郎の生まれた年と場所、予防医学を一生の仕事にしようと決めたこと、1886年からのドイツ留学、1889年の破傷風菌の純粋培養、1890年の抗毒素(免疫体)の発見と血清療法の確立、1892年の伝染病研究所、1894年の香港でのペスト菌の発見、1914年の北里研究所の創立は、北里柴三郎記念博物館(学校法人北里研究所)の「北里柴三郎の生涯」と略年譜で、2024年からの千円札の肖像は日本銀行の公式ページで、2026年10月23日に確かめました。血清療法の発見は、ドイツの研究所で共同研究者とともに1890年に発表したことを、ノーベル財団(NobelPrize.org)の共同研究者の伝記で同じ日に確かめ、本文では「なかまといっしょに」と言っています。
  • 病気のようすは絵にせず、細菌は小さな形のしるしだけで表しています。血清療法のしくみ(抗体のはたらき)は、くわしくはあつかっていません。6年の保健「病気の予防」とつながります。
  • 同じく細菌の研究で知られる野口英世については、6年社会の人物単元「野口英世は 何を した 人?」で紹介しています。